裏庭の鶏

映画と本と、時々舞台

『歌声にのった少年』 感想

 予習をして見ればもっとよかったのかもしれません。映画の日常に溶け込む「非日常」が印象的です。鑑賞後、じわじわと印象深くなる不思議な映画。
 パレスチナ映画は初でした。

 以下ネタバレ含む感想です

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 本作は実話です。それはトレーラーで知っていたのですが、お恥ずかしながらムハンマド・アッサーフについては聞いたことすらありませんでした。ですからポスターやタイトルからムハンマド・アッサーフという少年がアラブアイドルという番組で優勝したお話だとばかり思っていました。


 前半は彼の少年時代を描きます。姉と友人とバンドを組み、なんとか資金を集めて本物の楽器で歌う。そしていつか世界という舞台で歌う。それは彼の姉ヌールの夢でした。

 資金を集めるシーンや闇商人から騙されるシーンなど……。
 どきりとしました。
 闇商人とのやりとりは勿論ですが例えば彼らが自転車で駆け抜けているシーン。ピタリと彼らは自転車を止め無表情でフェンスを見つめます。これまた無知で恥ずかしいのですが、私にはこれがピンとこなくて「軍事区域かな?」と思ってしまいました。けれどムハンマドが青年になりエジプトに行こうとするシーンになりやっとこのフェンスが「国境」だと気が付きました。まだ子どもだった彼らはどんな思いでそのフェンスを見つめていたのでしょうか。

 また片足を失った男性を見て、ムハンマドは何を思ったのか。

 薄い板に隠れながらギターを弾く彼女は大人の女性を見て何を思ったのか。

 などなど……少年時代パートでは「夢を見ることが虚しいだなんて言わせるな」このセリフが強く響きました。だって普通に考えればムハンマドのような境遇の男の子がカイロのオペラハウスで歌うだなんて、虚しい夢に違いないのですから。

 しかしヌールは亡くなってしまう。あまりにあっけなくて呆然としてしまいました。
 そして時は流れムハンマドは青年となりますが、少年時代よりもより映像にどきりとさせられます。
 瓦礫の山、両足を失った男性。どうにもならない現実。

 ムハンマドは青年になりいつも何かに苛立っているように見えました。それは上手くいかない現実であったり、社会に対してであったり、衝動的なものなのだろうと思いました。国境を超えるために有刺鉄線を切ろうとして失敗し、当たり散らすのがとても辛い。
 悲観的になりそうになるけれど諦めることに抵抗し続けもがくムハンマドのたった一つの武器が歌だったのだと思います。
「世界は醜いけれどあなたの声は美しい」
この言葉が何よりも印象的でした。

 ラストの映像は実際のVTRが使用されており当時の熱狂が伝わってきます。
 正直に言ってしまえば不思議なくらいの熱狂でした。


 この映画は作品としてはストーリーに粗があるように思えます。しかし、本作は事実をもとにしているという点において、そしてガザで実際に撮影をしているという点において観る者に何かを訴えかけているように感じられました。
 誰かに勧めたいと思わせる部類の映画ではなかったけど忘れられない映画になりました。


●スタッフ
監督・脚本:ハニ・アブ=アサド